安全で楽しい登山を目指して

98 第3編 登山の技術と知識を身に付けよう イ 寒冷前線 暖かい空気が居座っていたところに冷たい空気が やってきて,暖かい空気が急激に上昇させられるため, 雲が上方へと発達しやすく,積乱雲から短時間に強い 雨が降る。落雷やひょうを伴うこともある。 図8 寒冷前線の構造と周辺の天気 7 気象遭難事例1~低体温症~ 気象遭難の死亡事故でもっとも多い原因が低体温症 によるものである。 (1)低体温症とは 低体温症は,強風,濡れなどが原因となって体温が 低下していく症状で,登山中には風雪や風雨にさらさ れる状況下で発生することが多い。 低体温症に陥りやすい気象条件は,①強風,②降水 (濡れ),③低温の3つである。これらの条件が重なる ときに低体温症による気象遭難は起こりやすい。 低体温症の怖いところは,初期段階では自覚症状が あまりなく,同行者から見ても気づきにくいところだ。 その割に低体温症の進行は意外と早く,気づいたとき には,手遅れになるケースが多い。風の強弱は地形に 大きく左右されることから,同じ気象条件下でも低体 温症になりやすい登山ルートと,低体温症になりにく いルートがある。低体温症になりやすいルートは以下 の通りである。 1.山小屋や避難小屋の間隔が長い 2.森林限界を越えた尾根や稜線を長く歩くルート 3.エスケープルートが少ないルート 4.岩場の少ないなだらかなルート 5.日本海側気候に属する山岳 上の5つに当てはまる代表的なルートは,2009年 に大量遭難が発生した大雪山~トムラウシ山や十勝連 峰の縦走コース,白馬大池から白馬岳,清水岳から白 馬岳,飯豊連峰や朝日連峰の縦走などが挙げられる。 また,後方羊蹄山,立山連峰や月山,吾妻連峰,谷川 連峰,那須連峰などでも気象遭難の死亡事故が発生し ており,これらの山の登山ルートには上記1~5に該 当する場所を含んでいる。低体温症の事故が起きてい るのは,登山道やルート上のほとんどの場所で強風に 晒され,避難小屋や営業小屋など強風から身を守る場 所が少なく,尾根や稜線からのエスケープルートが少 ないルートである。 注意しなければならないのは,技術的,体力的な難 易度と気象リスクの高さは同じではない,ということ である。ところが,ガイドブックには気象リスクの高 低については書かれていない。したがって,登山者(特 にパーティリーダー)は,自分が登る山域やルートが どのような気象的特徴を持っているのか予め知ってお く必要がある。 (2)低体温症による過去の気象遭難 低体温症が多発するのは,低気圧が発達しながら日 本列島を通過した後,日本付近が一時的に冬型の気圧 配置になるときの,日本海側の山岳においてである。 低気圧が北海道の北や千島列島,三陸沖などに抜け, 等圧線が日本付近で込み合うときに発生している。過 去において実際に遭難が発生した気圧配置を紹介す る。 第 図10 小蓮華山付近で6名が低体温症で亡くなった日 の天気図 これらを 島の東や北 等圧線が込 側の山岳で 湿った空気 が発達し、風 5月の大型 い山岳では このよう 気予報は風 図9 白馬岳付近でガイドツアーの参加者 4名が亡くなった日の天気図

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