安全で楽しい登山を目指して

91 第8章 登山の運動生理学とトレーニング エネルギーや水分補給の練習も行えるので,様々な意 味で実戦的である。 登山は他のスポーツと比べて,運動のスピードが遅 く,身体の動きも単調なので,登山だけをしていても オールラウンドな体力や運動能力は身に付かない。登 山中に転びかけた場合などには敏捷性や瞬発力も必要 なので,球技スポーツのように多様な動きを素早く行 う運動もトレーニングに取り入れるとよい。 著者らは最近,登山中の身のこなしを改善するため の「登山体操」を考案した(文献7)。ラジオ体操と 同じ3分間でできる運動なので,日常のトレーニング や登山の前に準備体操として行うとよい。これに加え て,登山やトレーニングの前後には全身のストレッチ ングも行う。 (4)事後の机上トレーニング 登山後には,今回実行したトレーニングが実際の山 でどの程度役立ったのか(あるいは役立たなかったの か)を振り返り,次の登山に向けての改善を考える。 本番の登山が順調に遂行できることを目標にトレーニ ングを積んだはずなので,トラブルが出たとすれば, その部分のトレーニングが足りなかったことになる。 図8は,この振り返りを行うためのチェックシート である。表1や図1も参考にしつつ,一人一人の生徒 に記入させて,どのようなトラブルが起こったのかを 可視化する。そして,なぜそのトラブルが起こったの か,トレーニングのどの部分が足りなかったのか,次 の登山ではどうすればトラブルを防ぎうるのか,を考 えさせて文字で記録を残す。 (1)~(4)で述べてきた,事前の机上トレーニ ング→実際のトレーニング→本番の登山→事後の机上 トレーニングという流れは,PDCAサイクル(第2 編1章参照)を行うことにほかならない。トレーニン グとはそもそも,PDCAサイクルを繰り返し実行す ることに尽きると言ってもよい。その際に,図8のよ うな可視化された資料を用いることで,その効果は著 しく上がる。また,このような作業を生徒自身の手で 行えるように指導することは,人間としての成長を促 す上でも大きな意義がある。 ▶指導のポイント 一律で万能なトレーニングメニューは存在しな い。目的とする登山コースで身体が受ける負担を予 測し,それに対処できる基礎体力や行動適応の能力 を身に付ける行為が真の意味でのトレーニングであ る。 図8.登山後の振り返りに用いるチェックシートの例 (山本,2016) ( )内の数値はトラブルの程度を表す。毎回の登山でこのような可視化されたデータを残し、それを 用いてPDCAサイクルを行うことで、進歩が促進する。このシートは登山後ではなく、登山中に随時 書かせる方が正確な状況を把握できる。 (文献1のp.432-436,680を参照) <登山時のチェック項目> きつさ、苦しさ、痛み、疲労、 だるさ、痙攣、むくみ、など 右膝の関節痛(2) 左ふくらはぎ の痙攣(2) 両肩と両腕の しびれ(1) 両太もも前面 の筋肉痛(3) 下りで両脚がガ クガクになる(3) 腰の痛み(1) トラブルの程度 1:少しあり、2:あり、3:非常にあり 上りで心肺 が苦しい(3) 右足裏の 靴ずれ(2) 頭痛(1) <登山後の検討項目> 1)それぞれのトラブルはなぜ 起こったのか? 2)事前のトレーニングや、登山 中の行動適応で不足していた ことは何か? 3)次の登山でトラブルを減ら すにはどうすればよいのか? ( )内の数値はトラブルの程度を表す。毎回の登山でこのような可視化されたデータを残し,それを用いてPDCAサイクルを行うことで, 進歩が促進する。このシートは登山後ではなく,登山中に随時書かせる方が正確な状況を把握できる。 (参考文献 1 の p.432-436,680 を参照) 図8 登山後の振り返りに用いるチェックシートの例 (山本,2016) トラブルの程度 (1)少しあり,(2)あり,(3)非常にあり

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