安全で楽しい登山を目指して

90 第3編 登山の技術と知識を身に付けよう 体力トレーニングとは,本番での運動を支障なく遂 行するために,現時点で足りない身体能力を改善する ことを言う。登山であれば,目的とする登山コースで 身体が受ける負担の種類や程度を予測し,それに対応 できる身体づくりを行うことがトレーニングである。 本番をシミュレーションし,それに対する予行演習を 積むこと,といってもよい。 目的とする登山コースは千差万別である。その上, そこに出かける生徒の体力レベルもまちまちである。 したがってトレーニングの課題は一人一人で違うと いっても過言ではない。言い換えると,表1に示した ようなヒヤリハットや,図1に示した身体トラブルが 個々の生徒に起こらないように,様々な角度から考え て準備をする行為をトレーニングというのである。 図7は,トレーニングの原則を示したものである。 この原則からただちに具体的なメニューが導かれるわ けではないが,各人がトレーニングを実行する過程で, この原則に沿って行われているかということは絶えず 意識しておく必要がある。 (2)事前の机上トレーニング 目標とする登山に向けて効果のあるトレーニングを するためには,まず机上トレーニングから始める。こ こではその具体例として,白馬大雪渓を経由して1泊 2日で白馬三山を縦走することを考えてみる。 表5は,このコースで身体にかかる様々な負荷を数 値で示したものである。このような「体力カルテ」を 作成してみると,行動時間が長い,1日の登下降距離 が大きい,それを2日間連続で行わなければならない など,強い体力が求められることが実感できる。 また,高度(低酸素)による負荷も厳しいことがわ かる。高山に登る場合,1日目には準高所(1,500 ~ 2,500m)で泊まることが原則だと述べたが,このコー 目標とする登山コースを歩いた時に受ける負荷の種類やその程度 を,具体的な数値で可視化する。このような「カルテ」を作った上 で,現状で不足している体力や行動適応の能力を特定し,それを改 善するためのトレーニング計画を立てる。 (参考文献 1 の p.427 を参照) 表5 登山コースの体力カルテの例 (山と渓谷社のガイドブックをもとに作成) 白馬岳登山の負担度 ・歩行時間:1 日目に 6 時間,2 日目に 9 時間程度 ・歩行距離:1 日目に 7㎞,2 日目に 12㎞ ・登下降量:1 日目に 1,730m 上り,130m 下る 2日目に545m上り,2,145m下る ・荷物の重さ:衣類や靴も含めて 10㎏程度 ・運動を行う高度:1,200m ~ 2,900m ・睡眠を行う高度:1 日目に 2,600m 以上で宿泊する スでは1日目に 2,700 m以上の「高所」に泊まらなけ ればならないので,高山病対策も考えなければならな い。 表5に示した本番の登山時の負荷に対して,現在の 体力トレーニングで十分かを検討し,足りない部分を 改善するための計画を立てる。たとえば,下界のトレー ニングだけでは十分な登下降量を確保できないので, 実際の山に出かけてトレーニング山行も積む。高山病 対策としては,事前に準高所の山に出かけたり,そこ で泊まることも考える。 一般のスポーツでは,①普段のトレーニング→②練 習試合や記録会→③トレーニングの修正→④本番の試 合,という流れで成功率を高めようとする。登山の場 合も,①普段のトレーニング→②トレーニング山行→ ③トレーニングの修正→③本番の登山という流れで, 本番の登山を成功に導くように努力する。 (3)実際のトレーニング 高校生が行う登山はおおよそ7~8メッツの運動強 度に相当するので,下界ではジョギングやランニング を行うと効果的である(表2)。ただし,走る運動は 水平方向,登山は垂直方向への運動なので,使う筋は やや異なる。言い換えると,走る運動は心肺能力を鍛 えるにはよいが,登山用の筋を鍛える上では十分とは いえない。 水泳も,心肺能力の改善にはよいが,筋力を鍛える 効果は小さい。そこで,ランニングや水泳を行う場合 には,筋力トレーニングも並行して行うようにする。 このように,いくつかのトレーニングを組み合わせる ことによって,各々の欠点が補われ,長所を生かすこ とができる。 合宿のように重荷を背負う場合には,全身に強い筋 力が要求されるので,筋力トレーニングの必要性はさ らに高くなる。実際,高校生の身体トラブルを見ると, 筋力不足によるものが多い(図1)。登山にとって特 に重要となるのは,脚の筋(大腿四頭筋など)や体幹 の筋(腹筋群,背筋群など)である。前者はスクワッ ト運動,後者は上体起こし運動や体幹運動などで強化 する。数種類の運動を組み合わせて,休息時間を短く して連続的に行うサーキットトレーニングは,筋力と 持久力を同時に強化できる。 登山に必要な筋力と心肺能力とを同時に鍛えるとい う意味で,近郊の低山でのトレーニングは効果的であ る。その際,本番のハードな登山で身体にどのような 負荷がかかるのかを意識して負荷をかける。例えば荷 物を本番の登山と同じ重さにして歩いたり,荷物が軽 い場合は標準タイムよりも速く歩くなどの工夫をする (急激に高い負荷をかけるのは危険なので徐々に負荷 を上げるようにする)。低山でのトレーニング時には,

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