安全で楽しい登山を目指して

9 第2章 山岳部の指導者に知ってもらいたいこと 高校生にとって,山岳部の活動は,高校に入学して始めるケースが多い。また多くの指導者が顧問になっ て登山を始めたという調査結果もある。顧問自身の技術と体力,精神力を有することを求められるのも登山 特有のことである。文化部的な側面を有し,自然や自分と真摯に向き合う山岳部の活動は,単なる技術的な 指導にとどまらない難しさを持ち,他の運動部とは異なる。 (1)高校に入学してから始める活動 (公財)日本中学校体育連盟では,参考競技も含め 登山競技(国民体育大会におけるスポーツクライミン グ競技は除く)は行われていない。私立中学は別とし て,公立中学校で山岳部という部活動を行っている例 は極めて少ないと推測される。また社会体育の場面で も,スポーツ少年団などの活動やサークル活動として 登山を行っている例は少ない。したがって山岳部を志 す大多数の生徒が,組織的・継続的な山岳部のような 活動に触れるのは,高校に入学してからのこととなる。 前掲 2014 年(平成 26 年)の全国高校山岳部アンケー ト調査によれば,生徒の中学校時代の部活動は,運動 部への所属が593名(83%),文化部への所属113名 (16%),無所属 25 名(3%)であった。(P.6 表 2)回 答では,運動部へ所属していた者のうち39名(5%) が山岳部へ所属していた(内 9 名は中高一貫校と推測 される)と回答しているが,ほとんどの生徒にとって, 高校での山岳部活動は,新しいことへの挑戦でもある。 (2)山岳部経験のない指導者が多い 一方これは,指導者の側にも言えることである。同 じアンケート調査では指導者にも協力を求め,44 都道 府県 169 名から回答を得たが,高校大学を通じて,自 らが山岳部員として活動した経験のある指導者は,高 校山岳部経験者が 27 名(16%),ワンダーフォーゲル 等も含む大学での山岳部経験者が22名(13%)であ り,多くの指導者は教員となってから登山をはじめた ことがわかった。(P.6 表 3)平成 26 年7月の(公財) 日本体育協会の調査(学校運動部指導者の実態に関す る調査/日本体育協会指導者養成委員会)では,運動 部活動については,顧問のうち,保健体育以外の教員 で担当している部活動の競技経験がない者は,高等学 校で約 41%となっている。山岳部顧問においては,専 門性が要求されるにもかかわらず,この割合を大きく 下回っている現状が推測される。 (3)顧問と生徒が同一行動 山岳部の顧問が,他の運動部の顧問と大きく違う要 素は,顧問自らが生徒と同一行動をとらねばならない ところにある。かつて,インターハイでは顧問が生徒 と一緒に歩けなくなるとチーム自体がリタイアという 規定があった。高校生の大会において,顧問の体力不 足や準備不足が原因でリタイアしたり,顧問が生徒と 同じコートや土俵の上に立ったりするなどということ が起こりうる種目は他にはない。これは登山というス ポーツが内包する幅の広さに起因する。他のスポーツ では,力量の差が大きければ初めから試合は成り立た ない。しかし,登山においては力量や経験,年齢の差 があっても,同じ山を目指すということは決して珍し いことではない。 (4)自然や自分と向き合う活動 山岳部は運動部の範疇に位置付けられているもの の,大会での好成績を目指して毎日トレーニングに励 む通常の運動部とはやや性格を異にしており,先人の 知恵に学び,知識を身に付け,記録を取るなど,ある 意味では文化部的な要素もある。 また,一般にスポーツは人間が相手であるが,登山 は大自然や,時として自分自身と向き合うスポーツで ある。自分と向き合うスポーツは,他にも考えられる が,大自然と真摯に向き合い,その懐の中で,自分自 身を高めるということこそ,登山の魅力であり,他の スポーツと大きく違う側面である。 登山は一般のスポーツに比べて行動時間が非常に長 いことも特徴であり,いったん山に入れば,下山して 自宅に帰り着くまでの衣食住すべてがその対象とな る。休憩も登山活動の一部であり,いつどのタイミン グで休むかもメンバーの体調や天候をみて,その都度 判断して行動しなければならない。「同じ釜の飯を食 う」という言葉があるが,山行中は,24時間体制で 生徒の体調管理や精神面にも気を配らねばならない上 に,緊急時には山中という様々な制約のある場所での 対応や判断などが要求される点も他の競技とは大きく 異なる点である。 登山においては,山頂は目標ではあるが,そこで行 動は終わらない。登頂しても無事帰ることができなけ れば,その登山は失敗である。無事に帰着することが 究極的な目的である。しかし,丸腰の人間は大自然の 中では極めて脆弱な存在であり,技術・体力・知識の ない状態で立ち向かえる世界ではない。そして無事に 帰り着くためには,体力ばかりでなく歩行技術や生活 技術,気象・生理・医療・読図などの学問的要素にも 習熟しなければならない。このように,山岳部とは, 他の運動部とは多くの点で異なる部分があり,単なる 技術的な指導に終わらない難しさがある。 (大西 浩) 2 他の運動部との相違点

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