安全で楽しい登山を目指して

10 第1編 山岳部の指導者になろう (1)部活動の指導者の注意義務 高校の部活動は教育課程内の活動ではないが,学校 教育活動の一環として行われるものであり,高校と部 活動の指導者(顧問等)は生徒の安全を守る法的な注 意義務を負う。 登山は自然の中で行われ,自然がもたらす危険性は, あらかじめ予測できる場合もあるが,予測が難しい場 合もある。たとえば,天気予報で曇りを予想していて も,山では雨が降ることがある。生徒の突然の体調不 良や疾患を計画段階で予測することは難しい。道迷い をあらかじめ予測することも難しい。登山中に予想外 の場所で落石が起きることがある。富士山の登山道で は,落石事故の確率は低いが,どこで落石が生じても おかしくない。高校生の事故ではないが,1980 年(昭 和 55 年)に富士山で落石のために 12 人の登山者が亡 くなる事故が起きている。1985 年(昭和 60 年)には, 高校の学校行事として行われた六甲山の登山で,生徒 が落石のために亡くなっている。 統計上,登山中の転倒,転落事故が多いが,登山道 の転倒,転落の危険性のある場所で誰もが転倒,転落 するわけではない。いつ,誰が,どこで,どのように 転倒,転落するかを計画時に予測することは無理であ る。学校のグラウンドでは想定外の転倒が重大な事故 になることは稀だが,登山道では転倒,転落が重大な 事故につながりやすい。 このように自然がもたらす危険性は不確実で予測が 難しいという性格がある。あらかじめ予測できる危険 については事前に計画段階で対処方法を検討すべきで あり,計画段階の安全管理が重要である。しかし,登 山では,しばしば,想定外の危険が生じるので,登山 中は臨機応変の安全管理が重要である。 友人,家族,山岳会,ハイキングクラブなどで行わ れる一般的な登山は,自然がもたらす危険を了解した うえで行われる。そのため,登山中に想定外の危険が 生じても,それにどのように対処するかは自己責任に 基づいて選択することになる。例えば,天候が悪い場 合に,「どうしても今日中に下山したい」と考えれば, 高校の山岳部の活動では,指導者(顧問等)に生徒の安全を守る法的な注意義務が生じる。これは,高校 の部活動が学校教育活動の一環として行われているものであり,学校では生徒の安全性が強く要請されるか らである。国民の誰もが「学校は安全でなければならない」と考えており,学校と部活動の指導者はこれに 応える必要がある。学校では教育的効果が追求され,「がんばる」ことが無理な行動につながりやすい。登山 は自然の中での行動であり,自然には不確実で予測の難しい危険性がある。山岳部の活動は,グラウンドや 体育館で行われる他の部活動に較べて事故が起きやすい環境にあるため,山岳部の指導者が負う注意義務は 重い。しかし,事故さえ起きなければ,指導者の法的な注意義務が問題になることはない。いたずらに注意 義務を負うことを恐れるのではなく,事故が起きないことを目指すべきである。 行動を中止せず,無理をして下山することは多い。か りにそれが事故につながっても自己責任であり,法律 法的な問題が生じることはない。 しかし,高校の山岳部の活動では,安全性が重視さ れ,指導者(顧問等)に登山に参加する生徒の安全を 守る注意義務がある。この点で,高校の山岳部の活動 は,一般的な登山とは考え方が異なる。高校の山岳部 の活動では天候が悪い場合には原則として行動すべき ではない。もっとも,低山では小雨程度であれば,そ のまま下山行動を続けることが多い。仮に下山を中止 しても,付近に山小屋がなく,テントを持参していな ければ,行動を中止する方が危険性が高い場合が多い だろう。ここでも現場での臨機応変の判断が重要であ るが,高校の山岳部の活動では一般の登山と違ってリ スクを冒すことができない点が重要である。 山岳部の指導者が負う注意義務は以下の点に現れ る。 ①計画段階の安全管理 ②実際の登山中の現場での安全管理 ③指導者が登山の技術,知識,経験,判断力を身に付 けること ④指導者が安全管理できる範囲を超える登山を実施し ないこと 2017 年(平成 29 年)3月に栃木県の那須で起きた 雪崩事故は,樹林帯を越えて雪崩の危険性のある尾根 上の斜面に進入したことが事故につながった。山岳会 などで行われる登山であっても,雪崩の危険のある斜 面に進入すべきではないが,山岳会などの登山はすべ て自己責任に基づく行動となる。山岳会などの登山で は,積雪のある斜面を登る場合に雪崩の危険性の程度 の判断に迷うことがある。その判断を間違えた結果と しての雪崩事故は多い。登山の熟練者の中には,「登 山に事故のリスクがあるのは当たり前である」と考え る人がいる。自己責任に基づく登山では,「どこまで リスクを冒すか」は個人の自由である。 しかし,高校の山岳部の活動では,このような考え 方をすることはできない。高校の山岳部の活動では安 3 登山事故と生徒の安全を守る義務

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