安全で楽しい登山を目指して

8 第1編 山岳部の指導者になろう いだろうし,殊に登山という場面では命を失うことに もなりかねない。 山に関する知識や経験がなくても,一般登山道を歩 く限り,天候条件に恵まれれば,目的の山に登ること ができないということはない。しかし,幸いにしてす べての条件に恵まれれば,たまたま山頂を目的通りに 極め得るかもしれないが,それは正しい意味での登山 ということにはならないだろうし,偶然の成功は,失 敗の可能性を持っている。山は測り知れない複雑さを もち,時期により,時間により絶えず変化している。 例えば,雨のために登山道が決壊し,橋が流失する ことなどは,しばしば起こる事であり,雪渓では予想 できないクレバスが生じることや思いがけない方向か らの落石に見舞われることもある。山には予測できな い事態がいくつも詰まっているのである。経験が浅く 知識も乏しい上に,綿密な調査も行わなかったために 不測の事態に遭遇した例は枚挙にいとまがない。 およそ多くのスポーツは人間対人間の関係になり立 ち,したがって決められた規則の中で行動しなければ ならないが,登山には定められたルールはなく,その 行動は自由である。しかし,自然の法則は厳しく人間 を規定し,不用意な行動は事故につながる。簡単に考 えられる登山も,登ろうとする山に相応した技量がな ければ登ることは難しい。 高校生は,とかく自己の経験や知識を過信し,行き 過ぎた行動をとりやすい。高校生の体力や技術は,一 般のスポーツでは十分に耐えられ,むしろ相当高度な ものさえ習得できるが,登山という行為は,体力とと もに,豊かな経験に裏打ちされた冷静な判断力が必要 であり,その判断力とともに危険に当たって思いとど まれるだけの冷静な行動がなければ,技術さえ身に付 けることはできない。憧れの花を咲かせ,実を結ばせ るためには,確かな登山技術と正しい知識を身に付け る謙虚さと着実な努力が必要である。そういった意味 で,指導者に求められることは,安全教育の立場を十 分理解した上での指導である。 高校生は未成年であり,山での技術力や判断力も充 分ではない。社会人の場合であれば自己責任の一言で 片づけられることも,高校生の場合にはそうはいかず, 顧問の責任も重い。指導に当たっては,保護者の理解 を得ながら,安全登山の観点に十分配慮した指導をし なければならない。 2014 年(平成 26 年)5 月に(公財)全国高等学校 体育連盟登山専門部は,(一社)日本山岳協会(現(公 社)日本山岳スポーツクライミング協会)の加盟団体 となった。顧問としての力量が十分でない場合には, 部活動指導員や外部指導者制度などを利用し,上部団 体である各都道府県の山岳連盟(協会)との連携協力 なども積極的に活用して指導していくことも必要であ る。 山岳部の活動は,山という高く,大きく,奥深いも のが対象であるがゆえに,難しい問題はたくさんある が,顧問は安全教育の観点を認識しながら,易から難 へと段階を追いながら,山を知らしめ,自然に親しま せ,将来自分の力で安全で楽しい登山ができ得るよう に目標をおくこと,言い換えれば自立した登山者の育 成を目指すことが必要である。 参考文献 登山研修VOL30/2015 「全国規模での高校山岳部の 実態調査―指導者と生徒へのアンケート結果から」 (大西浩,山本正嘉,村越真) 登山医学2015「全国規模での高校生山岳部員の実態 調査―体力科学的な観点からの検討」(大西浩,山 本正嘉,村越真 ) 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 図2 全国高体連登山専門部加盟登録人数の推移 男子 女子

RkJQdWJsaXNoZXIy NDU4ODgz