安全で楽しい登山を目指して

86 第3編 登山の技術と知識を身に付けよう 5 登山に必要な体力レベル 登山は基本的には歩く運動なので,特殊な体力や運 動能力は必要とせず,スポーツが苦手という生徒でも 取り組みやすい。しかし一方では,荷物を背負う,坂 道を上り下りする,不整地面を歩く,長時間歩くといっ た性質があるため,一定水準の筋力や持久力は必須で ある。また医療機関から隔たった場所で行うことから も,十分な体力を身に付け,余裕を持って行動できる ようにしておく必要がある。 表2は,様々な登山の「上り」で身体にかかる負担 度を,メッツという単位を用いて表し,下界で行うス ポーツや生活活動と対比させたものである。ハイキン グ(起伏の緩いコースをゆっくり上る)では約6メッ ツ,無雪期の一般的な登山の上りでは約7メッツ,バ リエーション登山(岩山,雪山,沢登り,藪漕ぎなど) では8メッツ程度の体力が必要である。 高校生が行う一般的な登山(上り)での運動強度は 7~8メッツと考えておくとよい。無雪期の整備され た登山道を,標準的なタイムで歩く日帰り登山であれ ば,おおよそ7メッツの体力が必要である。また合宿 のように荷物が重い場合や,バリエーション登山の場 合には運動強度が上がり,8メッツ程度の体力が必要 となる。 下界での運動に置きかえると,7メッツの運動は ジョギングに,8メッツの運動はランニングに相当す る(表2)。したがって6時間の登山をすることは, 6時間のジョギングやランニングをするのと同じ負担 であると認識し,そのような運動を余裕を持ってこな せる体力を養成しておく必要がある。 パーティ内に体力不足の生徒がいた場合,歩行速度 を落とし,コースタイムの 1.2 ~ 1.5 倍程度の時間を かけて上れば,運動強度を5~6メッツにすることも 可能である。しかし,その分だけ行動時間は長くなる ので,悪天候などの非常事態に対する潜在的なリスク が増す。したがって行ける山も制限されることになる。 ▶指導のポイント 高校生が行う登山の場合,7~8メッツの運動を 余裕を持って何時間も行える体力が必要である。 6 登山中に起こる疲労とその対策 登山中に起こる疲労の要因は一種類ではなく,以下 に示すように多様なものがある。したがって防止策は それぞれ異なる。また疲労が起こった際の対処法もそ れぞれ異なる。 (1)上りで起こる疲労 登高ペースを徐々に速くする,つまり運動強度を 徐々に大きくしていった時に,ある一定の強度(乳酸 閾値)を超えると,運動を行っている脚の筋などで急 激に乳酸が発生し,疲労を引き起こす。したがってパー ティで歩く際には,乳酸閾値が最も低い人のペースに 合わせる必要がある。 各人の乳酸閾値は,図3に示すような運動中に感じ る「きつさ」からある程度判断できる。「ややきつい」 表2 メッツから見た登山と日常的な運動・活動との関係 (Ainsworth ら,2000 の資料をもとに作成) メッツとは安静時の何倍のエネルギーを使うかを表す単位で,運動 の強度を表す。左側に示した登山関係のメッツ値は「上り」での値 を意味する(下りでは 3 ~ 4 メッツとなる)。 (参考文献 1 の p.67 を参照) 運動の強さ スポーツ・運動・生活活動の種類 1メッツ台 寝る,座る,立つ,デスクワーク,車 に乗る 2メッツ台 ゆっくり歩く,立ち仕事,ストレッチ ング,ヨガ,キャッチボール 3メッツ台 普通~やや速く歩く,階段を下りる, 掃除,軽い筋力トレーニング 4メッツ台 早歩き,水中運動,バドミントン,ゴ ルフ,庭仕事 5メッツ台 かなり速く歩く,野球,ソフトボール, 子供と遊ぶ ハイキング→6メッツ台 ジョギングと歩行の組み合わせ,バス ケットボール,ゆっくり泳ぐ 無雪期の縦走 → 7メッツ台 ジョギング,サッカー,テニス,スケー ト,スキー バリエーショ ン登山→ 8メッツ台 ランニング(分速 130m),サイクリ ング(時速 20㎞),水泳(中速) 9メッツ台 荷物を上の階に運ぶ 10メッツ台 ランニング(分速160m),柔道,空手, ラグビー ロッククライ ミング→ 11メッツ以上 速く泳ぐ,階段を駆け上がる 図3 主観的運動強度 (小野寺と宮下,1976 を一部改変) 運動中に主観的に感じる「きつさ」を,言語と 6 ~ 20 の数値で尺 度化している。各人にとって12(きつさを感じる手前)のところが, 疲労しないで何時間でも歩ける速度である。 (参考文献 1 の p.89 を参照) 20 19 非常にきつい 18 17 かなりきつい 16 15 き つ い 14 13 ややきつい 12 (きつさを感じる手前) 11 楽 10 9 かなり楽 8 7 非常に楽 6

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