安全で楽しい登山を目指して

85 第8章 登山の運動生理学とトレーニング 3 登山中の身体トラブル 図1は,高校生の山岳部員に,夏山合宿など数日間 のハードな登山をした時に起こりやすい身体トラブル を尋ねた結果である。このうちで,「ザックによる肩 こりや腕のしびれ(ザック負け)」「筋肉痛」「下りで 脚がガクガクになる」「上りで脚の筋がきつい」「腰が 痛む」「膝が痛む」「筋肉の痙攣」には筋力の不足が関 係している。また「上りで心臓や肺が苦しい」には心 肺能力の不足が,「他の人に比べてバテやすい」には 両者がともに関係している。 この図から,高校生の場合,ハードな登山に見合う だけの筋力や心肺能力が十分発達していないために, トラブルを起こしている者が多いことが窺える。本番 の山に出かける前に,日常でのトレーニングを励行す るとともに,トレーニングとしての山行も積んで,段 階的に体力を強化しておく必要がある。 「下りで脚がガクガクになる」は,表1に示した「危 ない転び方」の引き金ともなるので,危険度の高いト ラブルである。これは太ももの前面にある大腿四頭筋 の筋力が弱いと起こりやすい。上手な歩行技術を指導 することとあわせて,普段からこの部分の筋力トレー ニングをしておくことが必要である。 男女別に見ると,女子の方がトラブル発生率が高い。 女子では男子よりも一般的に体力が低いが,そのよう な状況で男子と同じ重さのザックを背負ったり,男子 と同等のペースで歩いたりすることがトラブルを多く している要因と考えられる。 ▶指導のポイント 表1や図1に示したヒヤリハットやトラブルの要 因を,体力・技術・戦術・行動適応の観点で考える とともに,それを防ぐための対策も考えてみよう。 4 高校生の身体特性 高校生期は思春期の後半にあたり,発育の途上にあ る者が多い。図2は,各年齢での1年間あたりの身長 の伸び率を男女別に示したものである。伸び率がピー クとなるのは,女子が 12 歳頃,男子が 14 歳頃で,平 均的に見れば,女子の発育の方が早く始まり,早く終 わる。ただし個人差も著しい。それらの結果として, 高校生期には体格・体力の大きく異なる生徒が混在し ていることに注意する。 6~8時間程度の登山で,余裕を持って背負える ザックの重さを調査したところ,男子の1年生では平 均 13㎏,2年生で 14㎏,3年生で 16㎏,女子につい ては1年生10㎏,2年生13㎏,3年生13㎏だった。 ただしこれらは平均値であり,個人差も非常に大きい。 男女や学年によらず,余裕を持って背負える重さが5 ㎏以下と答えた生徒がいる一方で,20㎏以上を余裕を 持って背負えると答えた生徒もいた。 一般的に,筋力が未発達でやせている生徒では「ザッ ク負け」「他の人よりもバテやすい」「上りで脚の筋が きつい」「筋肉の痙攣」「足首の捻挫」といったトラブ ルが多い。このような生徒には,普段から筋力トレー ニングの指導をする一方で,本番の登山ではザックを 軽くするなどの配慮も必要である。 一方,肥満傾向の生徒では「他の人よりもバテやす い」「上りで脚の筋がきつい」などのトラブルが多い。 また熱中症も起こしやすい。このような生徒に対して は,減量の指導や,本番ではゆっくり上るなどの配慮 が必要である。 ▶指導のポイント 高校生は発育の途上にあり,体格や体力が大きく 異なる生徒が混在している。平均値として見た学年 差や男女差だけではなく,個人差にも注意を向ける 必要がある。 図1.高校生山岳部員の登山中の身体トラブル (山本ら,2015) 男女とも、筋力の不足によるトラブルが多い(☆は統計的に見て女子に多いトラブル)。 (文献1のp.393を参照) 0 10 20 30 40 50 60 男 女 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ■男子 □女子 10 20 30 0 0 2 4 6 8 101214161820 1年あたりの身長の伸び(cm) 年 齢(歳) 男子 女子 思春期 身長の伸びが ピークとなる年齢 図2.子どもの成長のしかた (Wilmoreら,2008に加筆) 思春期には身長が大きく伸びるが、伸びが加速する時期には男女差がある。なお、このグラフ は平均的な傾向を示すもので、個人差も非常に大きい。 (文献1のp.387を参照) 図1 高校生山岳部員の登山中の身体トラブル 図2 子どもの成長のしかた (山本ら,2015) 男女とも,筋力の不足によるトラブルが多い(☆は統計的に見て女 子に多いトラブル)。 (参考文献 1 の p.393 を参照) (Wilmore ら,2008 に加筆) 思春期には身長が大きく伸びるが,伸びが加速する時期には男女差 がある。なお,このグラフは平均的な傾向を示すもので,個人差も 非常に大きい。 (参考文献 1 の p.387 を参照) トラブルの 発生率( %)

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