安全で楽しい登山を目指して

78 第3編 登山の技術と知識を身に付けよう (2)処置 ア 症状のメカニズムを理解して処置を行う (ア)「軽症」 突然ふくらはぎなどが攣って痛みが出る。①筋疲労 に伴う筋神経系の調節の不具合,②塩分等の相対的不 足,の2つのメカニズムが示唆されているがまだ解明 されていない。しかし,水だけ飲むと痙攣が起きやす くなり,経口補水液を飲むことで痙攣が起きにくくな ることが報告されており,塩分やミネラルを含む経口 補水液を補給する。“甘草芍薬湯”という漢方薬がよ く用いられるが,これだけでは塩分の補給にはならな い。 (イ)「中等症」 頭痛,めまい,吐き気などが出現するが,これは血 管内の血液量が減り,脳や胃腸などの内臓を血液が十 分に循環しなくなるからである。その原因は,①発汗 による脱水,②体温を放出するために内臓を循環すべ き血液が皮膚などの体表面に多く流れてしまうため, である。①には補水2ℓ,②には体の冷却が必要であ ることが理解できる。飲み水が少ない場合は,改善が 期待できない。 (ウ)「重症」 こうして内臓は血液が不足してダメージを受け,炎 症を引き起こしたり,熱を発生させるタンパク質が増 える。体温のコントロールが出来なくなり,内臓(主 に,脳,腎臓)が障害され,重篤な状態になってしまう。 イ 死の危険を早めに見つけ,死亡を防ぐ 「意識がおかしい」または「体温 39℃以上」のどち らかひとつでもあれば,重症「熱射病」で死の危険が ある。確信できなくても,疑えば直ちに救助要請を行 う。その場で急いで少しでも体温を下げることが重要。 ▶発生時のポイント ア 重症度から行動予定を決定する。 山行継続可能な熱中症は「軽症」のみ。 イ 「軽症」は歩行可能だが,回復には数時間かか り移動時間が延びる。行程の短縮,到着時間の遅 延を見込んだ行動予定の再編をする。 ウ 「中等症」は,病院で点滴を行う病態であり, 山行継続は行わない。軽快しても自力歩行は困難 なため,処置とともに下山方法を決める。 エ 重症は発生に気付いたら,直ちに救助要請する。 ◉ヒヤリハット事例! 8月晴れ,WBGT 予報は 25℃。部活で縦走登 山の1日目,Aさんがどんどん遅れだした。話 しかけると,言っている事が辻褄合わず眠いと 言う。体はとても熱い。いよいよ歩けなくなっ たので,皆で山小屋にAさんを1時間半かけて 背負って運び休ませた。翌朝,良くなっていた ら縦走を継続することにして,メンバーは床に ついた。 ワンポイントアドバイス この事例では①致死的状態であるという認識が 無かったこと,②救助要請をせず最悪に備えな かったこと,が問題点。Aさんは,意識がおか しい状態。加えて体が熱いことまで認知したが, 重症な熱中症で死の危険があることを認識できて いなかった。1時間半,背負っている間に,命を 失うかもしれないし,翌朝まで生きていない可能 性もある。命の危険が迫った状態では,直ちに救 助を要請する。行き先は,山小屋でなく病院であ る。救助を待つ間,横に寝かせて,積極的に冷水 をかけたり扇ぐ。少しでも早く体温を下げること が命を救う。例え,Aさんの状態に気付くのが 遅れて夜になっても,死に至る危険な状態であれ ば,必ず気付いた時点で救助要請し,病院に運ぶ 体制を構築する。 (大城和恵) 病院 熱中症? 足がつった 塩分を含む 水分を飲む 回復 回復しない めまい 立ちくらみ 経口補水液2㍑ 日陰へ移動 クーリング (濡らして扇ぐ) 改善 30分で 改善無し 意識がおかしい 39℃以上 救助要請 日陰へ移動 クーリング (濡らして扇ぐ,水に浸す) ※とにかく体温を下げる 搬送 下山 野外での熱中症対応 (WMS GL 2013より大城和恵編集) 軽症 中等症 重症 自力搬送の時間は体温を 下げることに使う フローの指導ポイント ただの水では悪化する 中等症 軽症 重症は 疑えばすぐ要請 少なければ改善しない

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