安全で楽しい登山を目指して

62 第3編 登山の技術と知識を身に付けよう 万一山で遭難した場合には,以下の点に注意してそれ以上状態が悪化しないように,慌てずに,諦めずに, 最後まで望みを捨てずに,最善を尽くしましょう。 1.現場の人たち全員の安全を確保する。 2.要救助者の状態に関する緊急性を判断し,必要ならその場で応急処置と全身状態の監視を継続する。 3.医療機関へ搬送するため,救助隊への連絡,あるいは自分たちで搬送する。 1 セルフレスキュー 万一の危急時には,登山中の生徒と指導者(顧問等), あるいは近くのパーティーとも協力してセルフレス キューが始まる。これに直接必要な4項目(ファース トエイド(FA)キット,水の重要性,ツェルトの活 用,搬送の判断)だけでなく,それを安全かつ効果的 に行うために必要な関連3項目(登山計画書の活かし 方,通信の確保,ビバーク)の注意点を示す。 (1)登山計画書の活かし方(事前の準備) 登山計画書には,行動予定の可能性があるエスケー プルート,ルート変更のターニングポイント,行動に 異変があったら現状を評価するチェックポイント,救 助を待つためのレスキューポイントなど重要な地点を できるだけ書き込んでおく。 さらに,本書の総合演習で初級演習①の地図のよう に,代表的な特徴物(道や尾根の分岐,ピーク,コル, 傾斜転換点,道の方向変換点)を事前に調べる。それ らが円の中心にくるように,やや大きめの円が描か れ,番号が付けてある。これらはナヴィゲーション用 だけでなく,危急時にも大いに役立つ。万一の時の連 絡においては「現在地は 16 番 744 ピーク」「現在地は 16 番と 15 番の間である」「15 番から計曲線に沿って 北東へトラバースして小尾根回り込んだ小ピークの裏 側」など端的かつ明確に現在地が伝達できる。その結 果,捜索活動が軽減される。 家族,学校,警察などに提出する。登山計画書には, 登山届より詳細な情報が含まれており,大いに捜索に 役立つ。(登山計画書と登山届の項を参照) 登山計画書は本人も携行すること。もし意識不明で 倒れている登山者を見つけた場合,その人が登山計画 書を携行していれば,その人の氏名,所属,緊急連絡 先,住所,年齢,血液型,既往症などが迅速に把握で きる。また,複数登山か単独かも分かり,近くにいな い仲間(遭難者)が未発見であることなども,登山計 画書から知ることができる。 (2)通信の確保 携帯電話や無線機などの通信機器,及び予備電池も 携行する。電子機器類は水に弱いため,ビニール袋で 包んで防水する。何事もなく順調な登山中には,電池 を無駄に消費しないように電池の節約に努める。 通信が途絶えなければ,精神的な安心感も持てる。 事前の下見山行で,不感地帯も把握できていると心 強い。もし電波状況が悪ければ,少し移動して電波状 況の良い場所を探すこともある。 (3)ビバーク 歩くペースが落ちた地点で,日没までにキャンプ場 に着けるかを検討し,できるだけ険しくない安全な場 所を地図上でも探しながら,移動する。落石や転落, 増水などリスクが低い場所を探す。安全にビバーク可 能と思われる場所を見つけたら,早めにツェルトを 被って,ビバーク態勢に入る。 防寒と安静がビバークの基本である。雨具やフリー ス,ダウンなどを重ね着する。地面や岩などに接触す る所から熱を奪われやすい。断熱マットやザックを敷 いて保温に努める。 脂肪の少ない頭部,曲げた膝やひじから,特に熱が 失われやすい。毛糸の帽子,長い靴下をマフラーや頭 に巻いたり,手袋代わりに肘まで深くはめ,膝にも手 袋などを充てると保温に効果がある。 炭水化物を摂って,熱生産を促す。成人は約 100W (ワット)の熱量がある。複数人が近い所で集まって いるだけでも,ツェルトの中であれば暖が取れる。 傷病者がいれば,さらに外気との隔離に注意を払う 必要がある。(詳細は,第3編第7章「登山の医学」 5「低体温症」を参照。) (北村憲彦) 第5章 危急時対策

RkJQdWJsaXNoZXIy NDU4ODgz