安全で楽しい登山を目指して

4 第1編 山岳部の指導者になろう 警察庁の統計資料「平成29年における山岳遭難の 概況」によると,平成29年における山岳遭難事故の 発生件数は 2,585 件,遭難者数は 3,111 人,うち死者・ 行方不明者 354 人と悲しい事実が発表されている。発 生件数,遭難者数は,統計の残る昭和30年以降最も 高い数値を示している。過去10年間の山岳遭難発生 状況をみると増減を繰り返しているが,平成25年以 降の発生件数は,2,000 件以上で推移している。年齢 別では,中高年(40歳以上)が遭難者数の77.8%, 事故態様別では,道迷い,滑落,転倒の順に多く,全 体の 72.1%と高い比率となっている。近年,中高年登 山が盛んに行われていることが,このような結果につ ながっていると言える。しかし,私たちの登山には, 老若男女関係なしに,ベテランだろうが初心者だろう が,同じような危険と困難がたくさん存在している。 初心者だから,落石が迂回してくれるとか,少しおま けして雨が弱く降ったり,風が少し弱まったりするこ となどあり得ない。そもそも登山は高所における低圧 低酸素下の特別な環境で行う人間の活動なのだ。 (1)「見える危険」と「見えにくい危険」 登山は大自然の中での活動なので,当然様々な危険 が存在する。登山中に事故に遭うということは,これ らの危険に気付かなかった,危険に遭遇した時にそれ をうまく避けることができなかったことによるもので ある。危険には,大きく分けて「見える危険」と「見 えにくい危険」の 2 種類がある。 「見える危険」は,自然そのものが持っている危険 である。高所(低圧低酸素,紫外線),天候の悪化(豪 雨,落雷,猛暑,寒冷,強風等),長大な縦走コース (岩場,ガレ場,鎖場,草付き,雪渓,樹林帯,藪等), 野生生物(熊,毒蛇,スズメバチ等),冬山の雪崩等々 あげればきりがない。自然は人間が予測すらできない 様々な現象をもたらす。それらの危険は,ベテランに も初心者にも全く同じ条件で登山者に迫ってくる。 「見えにくい危険」とは,登山者自身の側に起因し ている危険である。登ろうとする山の事前の研究や情 報の不足,トレーニング不足や不良な健康状態での入 山,装備不足や装備を持っていてもそれを使うための 技術の未熟さ,ずさんな食糧計画,体力や技術がとも なわない登山ルートの選択,生活技術や幕営技術の未 熟さ,ナヴィゲーション技術の未熟さ,健康管理に関 登山活動は,大自然とのふれあい,山頂に達したときの達成感,山の仲間との友情など楽しさが満ち溢れ ている。しかしながら,自然環境の中で行われる活動であり,そこには自然そのものに内在する危険や,ヒュー マンエラーによって登山者自身が危険にさらされることがある。危険を避け,楽しい登山をするためにはど のような心構えが必要か,日頃から研鑽しておく必要がある。 する知識の欠如,天候判断の知識不足,リーダーシッ プやフォロアーシップの欠如など,小さなことから致 命的なことまで,様々である。 (2)危険を避けてピンチに陥らないために 危険を避けて安全に楽しい登山を行うにはどうした ら良いか。 登山者が安全に登山を行うためには,登ろうとする 山に応じた体力,技術,知識の三つの要素が不可欠で ある。 体力に関しては,科学的な知識を得てそれに基づき 個々に応じた(登山者と登ろうとする山)登山のため の効果的なトレーニングを行わなければならない。山 岳部の活動はスポーツの一分野であり,トレーニング をせずに登山することは,他のスポーツに例えれば練 習せずに試合に臨むのと同じである。 技術や知識に関しては,経験を仲間と共有すること が大切である。 書店には,登山に関する書物やビデオがたくさんな らんでいる。最近の傾向は,登山の記録や山にまつわ るエッセーなどよりも,ハウツウもの,すなわち技術 の解説のようなものが増えている。これらを熟読し て,練習を重ね,経験を深めることは確かに大切なこ とである。しかしながら,人と人とのつながりの中で, 経験を通して危険に対処する方法や避ける方法を学ぶ ことの方が最も効果的で,それらに関する知識や技術 をしっかり身に付けることができる。私たちの山仲間 を考えても,何も知らない新人を一人前の登山者に育 ててきたのは,とりもなおさず先輩や仲間の力による ところが大きい。人と人とのつながりの中で,自然に 対応する知識や技術を経験的に学んできているのであ る。共に経験し学び合うことが,小さなミスを大きな 事故につなげないために必要なことである。 人の話を聞いただけではなかなか知識や技術は身に 付かない。経験したことは,理解することにつながり 身に付けることができる。指導者として,他の山仲間 (顧問等)と共に研鑽することは大切なことである。 2 登山に潜む危険

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