安全で楽しい登山を目指して

3 第1章 登山の楽しさと厳しさを教えよう 教育基本法第 2 条においては,教育の目標を,知・ 徳・体の調和のとれた発達を基本に,自主自律の精 神や,自他の敬愛と協力を重んずる態度,自然や環 境を大切にする態度,日本の伝統・文化を尊重し, 国際社会に生きる日本人としての態度の養成と定め ている。 この目標を実現できる活動の一つが登山であると言 える。山登りをとおして,人と人との繋がりや役割, 自然とのふれあい,自然の持つ驚異と素晴らしさなど 多くの学ぶべきものがある。しかしながら,登山は「山」 という場,自然環境的には平地とは異なりいわば異常 環境で行う人間の文化活動なので,高等学校の山岳部 の指導者(顧問等)としてはそれなりの知識や技術を 学習し,多くの経験を積み上げ日頃からの意識的に行 うトレーニングが不可欠である。効果が大きく期待で きる活動であるからこそ,指導者としての高い資質が 要求される。 1924年の英国第三次エベレスト登山隊で頂上を目 指し消息を絶ったマロリーは,「なぜそんなにエベレ ストにこだわるのか」と問われ,「そこにそれがある からだ」と答えた。この言葉は,「なぜ山に登るのか」 に関して,いまだに語り継がれている有名な言葉であ る。この言葉の意味するところはいろいろと議論され たが,この言葉には登山の素晴らしさが凝縮されてい ると思われる。登山という行為は,自らが課題を設定 し,その課題に向かって努力し目標を達成しようとす る自ら選んだ自発的な活動であるとも言える。した がって,そこで得られる素晴らしさや魅力は人によっ て多種多様である。 青春時代の真っ只中,多感な高校生にとって山岳部 の登山活動は,楽しさや素晴らしさに満ち溢れている。 (1)人間と自然との関係を学ぶ場 人は自然に働きかけ自然と共生して生きている。特 に山の中では文明社会から束の間逃れ大自然に抱かれ 深い安らぎと喜びを感じることができる。さらに,自 然の持つ脅威への危機感や緊張感も身に付けることが できる。登山を通して,人間と自然との関係を学ぶこ とは,災害列島と言われる昨今の状況に対応できる安 全・環境教育にも役立つ。 (2)山頂での達成感や下山後の充実感 みんなで登山計画を立案し,準備会を重ねトレーニ ングに励み,「衣食住」を準備してザックに詰め,汗を かきながらその重いザックを背負い,時には風雨にさ らされ,幕営をしながらの長い道程を辿り,急な坂道 を登り山頂に達する。この頂上を踏んだ時の達成感や 成就感は何とも言い難い感動である。さらに,無事に 下山した時の目標達成の爽快感,充実感は格別である。 (3)山の仲間との友情 山岳部での活動は,良き山の仲間(先輩・後輩)と 共に顧問の指導の下,日常の人間関係を通して行われ る。そこでは,協調性,責任感,指導力等が育まれる が,山仲間の友情は特別である。実際の登山の計画や 準備,励まし合いながらの登頂,幕営での語らい,下 山後の思い出話等を通して培われる友情は,同じ目標 に向かって正に「同じ釜の飯を食べ辛苦を共にする」 という経験の共有から生まれるもので,生涯の友とな りその後の人生の糧になる。 (4)登山を通しての学びの場 登山は体力や登山技術の他,衣食住に関する生活技 術,自然環境(地形,気象,動植物),トレーニング, 医療,歴史,マナーなどに関する学びの場である。 (5)自然の美しさを感じ,自然保護の意識が高まる 山頂からの雄大な眺め,青い空,白い雲,厳しい岩稜, 緑豊かな森,清らかな渓流,色鮮やかなお花畑,満天 の星など,登山活動を通して自然の美しさを肌で感じて 至福の時を持つことができる。このことによって,自分 たちの活動の場である山の美しい自然を保護し,登山と いう実践活動を通して今ある自然を次の世代にまで伝え ようとする自然を大切にする心が醸成される。 (6)素晴らしい先生(顧問)との出会い 山岳部の活動は学校内での日常の教育活動を離れ, 大自然のフィールドである山で行われている。当然, 高等学校の部活動であるので顧問教師の指導下で行わ れる。計画立案から諸準備,寝食を共にした登山の実 行,下山後の反省会と一連の感動と苦楽をともにする 活動の指導者である顧問の先生との出会いは,多感な 成長期の高校生の今後の生き方に大きな影響を与え る。 高等学校山岳部での活動は,「人間と自然との関係を学び,安全・環境教育にも役立つ」,「山頂での達成感 や下山後の充実感」,「山の仲間との友情」,「登山を通しての学びの場」,「自然の美しさ」「,素晴らしい指導者(顧 問等)との出会い」など,素晴らしさに満ち溢れている。 第1章 登山の楽しさと厳しさを教えよう 1 登山は素晴らしい

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