安全で楽しい登山を目指して

12 第1編 山岳部の指導者になろう 部活動の指導者が同行せずに生徒だけで行動をする 場合には,生徒は自分の安全を守る行動をする必要が ある。登山に同行しない指導者の注意義務は,登山計 画の段階での安全管理が中心になる。沢登り,岩稜の 縦走登山,数日に及ぶ登山,雪山での訓練などは,計 画段階の安全管理だけでなく,登山現場での安全管理 が重要である。したがって,このような登山では熟練 した指導者が同行することが望ましい。教師が同行せ ず,生徒だけで登山をして岩稜の縦走登山や数日に及 ぶ登山などで事故が起きれば,学校の安全管理責任が 問題になりやすい。顧問の教師などの同行が無理であ れば,外部の指導者に委託する方法を検討すべきだろ う。 ▶指導のポイント 登山では計画段階での安全管理だけでなく,登山 現場での安全管理も重要である。指導者は部活動に 常に立ち会う法的な義務はないが,現場での安全管 理が必要となる登山には熟練した指導者が同行すべ きである。 (2)指導者が負う注意義務の内容 高校の山岳部の指導者が負う法的な注意義務の内容 は具体的な状況に応じて異なる。以下に裁判になった ケースをあげる。 ① 1952 年(昭和 27 年)北海道の芦別岳で高校の山 岳部の顧問教師が6人の生徒と登山中に,登山ルート を間違えて傾斜が50度以上ある岩場に直面し,そこ を登ろうとして2人の生徒が滑落して死亡した。裁判 所は引率していた教師に,危険を察知して引き返すべ き注意義務があったと述べた(札幌地裁昭和30年7 月4日判決,判例時報 55 号3頁)。 生徒に岩登りの経験がなく,教師は「岩場を登るの は無理ではないか」と考えたが,「大丈夫だ」という 生徒の意見を尊重してその判断にまかせたことが事 故につながった。教師が生徒の意見を尊重した点は, 2017年の那須の雪崩事故の状況に似ている。那須の 事故では,尾根に出たところで引率教師が引き返そう としたが,生徒が「登りたい」と言い,教師がそれを 容認したことが事故につながった。 生徒が登山の意欲に溢れている場合には,生徒の判 断は危険性を軽視しがちである。安全管理については, 判断を生徒に任せるのではなく指導者が判断をしなけ ればならない。指導者は,常に自分が安全管理できる 範囲を自覚し,判断に迷う場合や判断に自信がなけれ ば,行動を中止すべきである。 ② 1983 年(昭和 58 年)高校の山岳部の沢登り中に, 部員の生徒(1年生)が徒渉に失敗して溺死した事故 がある。この登山は,教師が同行せず,生徒だけで企 画されていた。沢のレベルはやさしかったが,亡くなっ た生徒が疲労し,沢で転倒して流されたことが事故に つながった。裁判では,計画段階の安全管理に問題が なく,顧問教師の注意義務違反はないとされた(京都 地裁昭和 61 年9月 26 日判決,大阪高裁昭和 63 年5 月 27 日判決,判例タイムズ 672 号 203 頁)。 この種の事故は,登山計画の段階の安全管理だけで 防ぐことは難しい。縦走登山中の登山道からの転落事 故なども,登山計画の段階の安全管理だけで防ぐことは 難しい。この種の事故を防ぐためには,指導者が登山 に同行し,登山中の生徒の疲労の程度や現場の状況に 基づいて事故の危険性を判断し,適切に対処する必要 がある。指導者は生徒の部活動に常に立ち会う義務は ないが,事故を防ぐ観点からいえば,危険を伴う登山で は指導者が同行して現場で安全管理をする必要がある。 指導者に生徒の登山に同行して安全管理できるだけの 自信がなければその登山を実施すべきではない。指導 者が同行せず,生徒だけで実施する登山は,危険性の 低い登山に限るべきである。 ③1994年(平成6年)7月の朝日連峰での山岳部 の登山中に生徒が熱中症で倒れ,死亡する事故が起き た。引率教師は,登山中に動けなくなった生徒の冷却 措置をとり,テント内で休憩させたが,すぐに救急搬 送の手配をしなかった。裁判所は,引率教師が熱中症 の生徒を直ちに救急搬送しなかった点に注意義務違反 を認めた(浦和地裁平成 12 年3月 15 日判決,判例時 報 1732 号 100 頁,判例タイムズ 1098 号 134 頁)。 登山計画を立てる段階で熱中症の可能性を想定し, 安全管理計画を立てることは必要だが,それだけでは 登山中の熱中症を防ぐことはできない。引率指導者は 生徒一人ひとりの登山中の状況を観察して,適切に対 処することが必要である。 登山に同行する教師は,「定期的に水分補給や休憩 をしているので熱中症になることはない」,「この程度 の気温では通常は熱中症になることはない」などの思 い込みを捨てて,現実の生徒の状態を観察し,熱中症 の兆候がある場合には速やかに適切に対処すべきであ る。まして山の中では,すぐに病院に収容できるわけ ではないので,疑いを持った時点で対応を開始し,悪 化する前に救急搬送の手配等を行う必要がある。結果 的にはそこまでする必要がなかったというケースが多 いと思われるが,特に学校での活動では万一の事態に 備える考え方が必要である。 ④ 1985 年(昭和 60 年)山岳部での活動ではなく, 高校の学校行事として行われた登山中の事故のケース であるが,生徒が六甲山を登山中に登山道で生じた落 石を受けて死亡した事故がある。この登山は教師が同

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