安全で楽しい登山を目指して

88 第3編 登山の技術と知識を身に付けよう 高山病が起こるのはむしろ当然という心構えが必要で ある。 上記のような登山をする場合,現地での行動適応に よる対処が重要となる。たとえば,乗り物を降りた場 所で1時間ほど休憩をして,身体を慣らしてから行動 を開始する。行動中には,酸素分圧の低下にあわせて 登高ペースを落とす。また,身体への酸素の取り込み 量を増やすために,行動中も休憩中も意識的に大きく ゆっくり呼吸をすることを心がける。 ▶指導のポイント 疲労を引き起こす要因には様々なものがあり,対 策はそれぞれ異なる。疲労を防ぐためには,①普段 のトレーニング,②現地での行動適応,という二つ の観点から考える。 7 栄養-特にエネルギーと水分の補給 炭水化物(糖質),脂肪(脂質),タンパク質,ビタ ミン,ミネラルを五大栄養素と呼ぶ。炭水化物と脂肪 は主としてエネルギー源として使われる。タンパク質 は身体の構成成分となる。ビタミンやミネラルは身体 の機能を調節する働きをしている。水は栄養素とは呼 ばれていないが,生命維持に不可欠の物質である。 山でも下界と同様,これらを必要十分に補給すべき だが,登山という特性上いずれも不足しがちとなる。 日帰り~数日程度の登山に限っていえば,不足の影響 が最も深刻に現れるのはエネルギーと水なので,それ らの補給を最優先して考える。 行動中のエネルギーと水分の消費量は,無雪期の整 備された登山道を標準的なコースタイムで歩く場合, 図4のような簡単な式で求めることができる。この全 量を補給してもよいし,身体に貯蔵された分も多少は 利用できるので,その7~8割程度を補給することに してもよい。その際,朝食で摂った分は差し引いて考 える。つまり行動中に補給すべき量とは,「図4の式 で求めた値 ×(0.7~1.0)- 朝食で摂取した量」と なる。エネルギー補給は1~2時間に1回,水分補給 は 0.5 ~1時間に1回とする。 図4の脱水量を求める式については,春や秋のよう に,歩くと少し汗ばむような状況を基準としている。 したがって,汗を多量にかく暑い時期であれば,5と いう係数を7~8に増やしたり,汗をほとんどかかな い寒い時期であれば3~4に減らすなどの調節をする (エネルギー消費量については気温の影響はあまり受 けない)。これらの数値には個人差もあるので,ここ に述べた考え方を基本とした上で,各人で少しずつ微 調整していく。 エネルギーを生み出すことのできる栄養素には炭水 化物,脂肪,タンパク質の三つがあるが,炭水化物が 最も重要である。炭水化物のうちでも,ごはん,パン, 麺など(多糖類)は遅効性に優れ,砂糖やブドウ糖な どの甘いもの(二糖類,単糖類)は即効性に優れる。 多糖類は朝晩および行動中を問わず十分に補給してお き,行動中に疲労してきたときや,集中力を高めたい ときには二糖類・単糖類を補給するとよい。 炭水化物以外の栄養素も山では不足しがちとなる が,ごく普通の食事(混合食)を摂っていれば,ある 程度の補給はできる。このため数日間以下の登山で, 炭水化物以外の栄養素が不足して深刻な身体トラブル が起こることは考えにくい。 ▶指導のポイント 行動中のエネルギーと水分の消費量は,簡易な計 算式を用いて推定できる。 8 登山コースの選び方-体力度と難易度に よるグレーディングの活用 図4ではエネルギー消費量を求める簡易な式を示し たが,図5はこれよりも汎用性の高い式である(登山 のエネルギー方程式)。この式は,コースタイムより も速く(遅く)歩く場合や,ザックが重い場合にも使 える。なお図4の式も図5の式も,歩行条件がよい時 図4 行動中のエネルギー消費量と脱水量を求める簡易式 図5 行動中のエネルギー消費量を求める汎用式 整備された登山道を軽装かつ標準的なコースタイムで歩く場合に は,おおよそこの式が当てはまる。合宿登山など荷物が重い場合や, コースタイムより速く(遅く)歩く場合にはこの式が当てはまらな くなるので,図5の式を用いる。 どちらの式も,コースが歩きや すく,気象条件もよい場合の,いわば下限値を示すものであり,こ れらの条件が悪い場合にはその程度に応じて値は増加する。 (参考文献 1 の p.128,155 を参照) この式で求めた値(kcal)を ml に読み換えれば,おおよその脱水 量(ml)も推定できる。 (参考文献 1 の p.129 を参照) ・エネルギー消費量(kcal)=体重(㎏)×行動時間(h)×5 ・脱 水 量 (ml) =体重(㎏)×行動時間(h)×5 (山本,2016) (山本,2016) 行動中の エネルギー 消費量 (kcal) 体重(㎏) + ザック重量(㎏) 1.8×行動時間(h) 0.3×歩行距離(㎞) + 10.0×上りの累積 標高差(㎞) + 0.6×下りの累積 標高差(㎞) ②登山者側の要素 ①山側の要素(コース定数) 時間の要素 距離の要素 重さの要素 + × =

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