安全で楽しい登山を目指して

20 第1編 山岳部の指導者になろう (1)山岳保険とは何か 山岳保険と呼ばれている保険は,山岳捜索救助費用 保険,損害賠償責任保険,傷害保険などから成り立っ ている。捜索救助費用保険は,山岳遭難が起きた場合 に実際にかかった捜索救助費用を保険から支出する制 度である。山岳捜索救助活動を行う警察官や消防職員 などの公務員の活動は無料であり,警察,消防のヘリ や救急車の利用も無料である(ただし,埼玉県の防災 ヘリを除く)。しかし,民間のヘリは有料であり,1 時間に数十万円の費用がかかる。民間人の捜索救助活 動も有料であることが多い。 これらの捜索救助費用をまかなうために,登山者は 捜索救助費用保険に加入する必要がある。高校の山岳 部で事故が起きた場合に,捜索救助費用を高校(自治 体)が支出することが多いと思われるが,法律的には, 自治体や高校に当然に捜索救助費用を負担する義務が あるわけではない。高校(自治体)に損害賠償責任が 生じる場合に,損害賠償の一部として高校(自治体) に捜索救助費用の負担義務が生じる。教師や生徒が捜 索救助費用保険に加入しておけば,捜索救助費用を保 険でまかなうことができる。 (2)損害賠償責任保険 損害賠償責任保険は,事故の損害賠償責任が生じる 場合に,損害賠償金を保険から支出する制度である。 自動車の任意保険は損害賠償責任保険の例である。 損害賠償責任保険のひとつに個人賠償責任保険があ る。これは山岳捜索救助費用保険に付帯していること が多い。また,火災保険などにも付帯していることが 多いので,現在では多くの人が個人賠償責任保険に加 入している。これは,山岳事故に限らず,業務外で生 じた事故の損害賠償責任をカバーしてくれる保険であ る。ここでいう「業務」は,仕事に限らず,社会的地 位に基づいて継続反復する行為をさす。教師が高校の 部活動に従事することは「業務」であり,部活動中の 事故について個人賠償責任保険の適用はない。しかし, 教師が学校を離れて個人的に登山をする場合には,個 人賠償責任保険の適用がある。 高校の部活動に従事する教師に適用される損害賠償 責任保険は,個人賠償責任保険とは別の教師の業務用 の保険である。ただし,国公立の高校のクラブ活動中 に事故が起き,教師に注意義務違反が認められる場合 でも,原則として教師は損害賠償責任を負わず,教師 を雇用する自治体や国が損害賠償責任を負う(国家賠 償法)。仮に,保護者が教師に損害賠償請求をしても, 通常は教師が損害賠償責任を負うことはない。したがっ 登山では事故を起こさないことがもっとも重要だが,それでも事故が起きることがある。事故が起きた場 合に備えて保険に加入することも,登山の重要なリスクマネジメントである。保険は,事故が起きた場合な どの費用負担に備えて加入するものであり,部活動で山岳保険が果たす意味を知っておくことが必要である。 て,国公立の高校では,部活動に関して教師が業務用 の賠償責任保険に加入する法律的な意味はとぼしい。 私立高校の場合には,部活動中の事故について教師 に注意義務違反があれば,高校(学校法人)と教師が 連帯して(共同で)損害賠償責任を負う。この点で, 国公立の高校と私立高校では扱いが異なる。私立高校 の教師は,損害賠償責任を負う可能性があるので,業 務用の損害賠償責任保険に加入する意味がある。 教師が保険に加入することと,学校(自治体)が保 険に加入することは,法律的には別のことである。公 立高校(自治体)は,損害賠償金を税金でまかなうこ とが可能なので損害賠償責任保険に加入しないことが 多いが,ほとんどの私立高校(学校法人)は,損害賠 償責任保険に加入していると思われる。 (3)傷害保険 傷害保険は,教師や生徒がけがをした場合の治療費 や入院費用などを部分的にまかなってくれる保険であ る。これは,自分がけがをする場合に備えて入る保険 である。ただし,ピッケル,アイゼン,ロープを使用 する登山は,通常の傷害保険の対象外である点に注意 が必要である。 (4)災害給付金と外部指導者 高校の部活動中に事故が起きると,学校が加入する (独)日本スポーツ振興センター(旧,日本体育・学 校健康センター)の災害共済給付金の対象になる。こ の制度は,「学校の管理下の活動」中に事故が起きた 場合に一定の給付金を支給する制度である。 最近,高校が部活動の指導を外部の指導者に委託す るケースが増えているが,外部指導者が高校の管理下 にあれば,日本スポーツ振興センターの災害給付金の 対象になる。しかし,外部指導者が高校の管理下にな ければ,事故が起きても災害給付金の対象とならない。 この場合には,学校と無関係の活動とみなされ,学校 や教師に注意義務が生じないので,学校が加入する損 害賠償責任保険の対象にもならない。要するに,外部 指導者(顧問等)を学校が管理していれば,日本スポー ツ振興センターの災害共済給付金の対象になる。つま り,学校や教師の注意義務の対象になるということで ある。外部指導者が学校の管理下にない場合には,そ れはもはや「部活動」ではなく,「学校外の活動」に 属する。 (溝手康史) 7 山岳保険に入ることの意味

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