安全で楽しい登山を目指して

145 第2章 中級演習 【解答例】 Ⅰ 気象 (1)奥大日岳~中大日岳・・・南風(一部,南南東~南東風) 中大日岳~大日岳・・・・南西風 風は尾根や稜線の走向に対して直角の方角から吹くときにもっとも強まる。それは,その風向がもっとも摩擦 が小さくなるからである。特に,尾根上の鞍部(コル,乗越)では風がそこに集中するため,より強まる傾向が あり,強風時にそのような場所で休憩してはならないし,強風が予想されるときは,そのような場所での幕営は 避けた方が良い。 (2)2,611m ピークの南側 登山道が尾根上ではなく,風下側につけられているとき,風は尾根に遮られるので弱まる傾向にある。北~北 東風ということは,登山道が尾根の南~南西側につけられている場所になる。 (3)低体温症,落雷 一般に,梅雨前線では前線上の低気圧やキンク(前線が折れ曲がった部分)周辺でない限り,前線の北側では 風が弱く,天気の崩れも比較的小さいことが多い。それに対して,前線の南側では暖かく湿った空気が流れ込む ため,積乱雲が発達しやすく,落雷や局地的な豪雨が発生しやすい。また,前線の南側は強風帯になっているため, 西寄りの風も強まる。 図3より,梅雨前線が西日本から関東南岸に停滞している。この時点では前線の北側に立山連峰があり,大き な天気の崩れはないと予想される。図4では図3の時点で中国地方にあったキンクが若狭湾付近に移動して折れ 曲がり方が大きくなっている。このように,キンクができると,その南側や周辺で暖湿な空気が流れ込むことから, 風上側を中心に積乱雲が発達し,落雷や激しい雨に警戒が必要である。また,標高の低い山では南西風,高い山 では西風がキンクのない場合に比べて強まる。立山連峰ではまだキンクの北東側にあるが,間もなく前線が通過 することが予想される。 図5では,キンク上に発生した低気圧が能登半島沖に進んでいる。立山連峰は完全に前線の南側に入り,前線 上には低気圧が発生している。キンクが発達すると,今回の事例のように,低気圧が発生することがあり,キン ク同様の警戒が必要である。むしろキンクのときよりも風は強まる傾向にあり,低気圧の南側だけでなく,進行 前面(東側)でも風が強まる。また,南側だけでなく,北~北東側にも雨雲が形成されるため,雨脚が強まるこ とがある。 これらの状況より12時過ぎに前線が接近,通過した後,前線の南側に入り,天候が急激に悪化することが考 えられる。強風と強雨により,体温が奪われることから低体温症のリスクが高まることも予想される。低体温を 促す気象条件は1に強風,2に濡れ,3に低温である。これらの条件が重なることが予想されるとき,風や雨か ら身を守ることが難しい森林限界上での歩行は極力避けるようにしたい。また,前線付近やその南側では大気が 不安定になって積乱雲が発達しやすいことから,落雷のリスクも考えなければならない。 このため,天候が悪化する12時までには安全な場所まで移動することが重要になる。1日目のコースタイム は5時間20分程度,休憩時間を考えると6時間程度はみておきたい(この想定は,パーティが当日の荷物の重 量でコースタイム通りに歩けると仮定した場合。もっとスピードが遅いパーティの場合は,普段の歩行スピード から想定タイムを変える)。12時に目的地の剱沢に到着するためには6時までに出発することが必要だ。また, 予想よりも早く天気が崩れることもあり,この時期は早くから明るくなるので4時30分頃には出発することが 望ましい。さらに,この日の夜は,低気圧の接近と通過によりかなり風雨が強まることが予想されるので,テン トは極力,風向を考えて風が避けられる場所に設置し,張り綱などで補強することも重要だ。側溝を掘るなど, 浸水しないような工夫も行いたい。落雷に備えて,山小屋への避難も考えておく必要がある。 (猪熊隆之)

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